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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11073号 判決

原告

西本秀樹

右訴訟代理人弁護士

西川太郎

野村公平

被告

晃和建設こと

松本敏夫(以下「被告松本」という)

被告

清藤正夫(以下「被告清藤」という)

右訴訟代理人弁護士

野村正義

藤田良昭

縣郁太郎

主文

一  被告松本は原告に対し、金一七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月一四日から完済まで年五分の割合による金員を、被告清藤は原告に対し、金八五〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告の被告清藤に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告松本に生じた費用とを同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告清藤に生じた費用とを二分し、その一宛を原告及び同被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告松本については昭和六二年二月一四日、被告清藤については昭和六一年一二月九日)から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁等

(被告松本)

被告松本は、公示送達による適式の呼び出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

(被告清藤)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は三菱電機株式会社伊丹製作所に勤務する同社従業員、被告松本は住宅等の建売業者、被告清藤は司法書士である。

2  原告と被告松本とは、昭和六一年二月二五日、別紙物件目録記載の土地、建物(以下それぞれ「本件土地」、「本件建物」という)について、原告を買主、被告松本を売主とする左記概要の売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結した。

(1) 代金  金二二五〇万円

(2) 手付金  金二三〇万円

(3) 取引の実行  買主は売主に対し、銀行融資を得た日において、手付金支払後の残代金二〇二〇万円を支払う。売主は買主に対し、本件土地、建物の所有権移転登記等の手続きに協力し、かつ本件土地、建物に設定された担保権等の設定登記を右手続きの時までに抹消する。右各履行は引き換えに行なうものとする。

(4) 本件土地、建物の所有権は買主の代金完済時に売主から買主に移転する。

3  原告は被告松本に対し、前項の本件売買契約締結日までに手付金二三〇万円全額を支払った。

4  その後、本件売買契約は、同年四月二六日に各履行(以下「本件取引」という)されることとなり、同日、被告松本の事務所において、原告は同被告に対し、残代金二〇二〇万円全額を支払った。

5  しかるに、本件土地には別紙登記目録一記載の抵当権設定登記、同目録二記載の根抵当権設定登記(以下それぞれ「一の登記」、「二の登記」という)がそれぞれなされていたのに、被告松本は、1項(3)の約定に反して、本件取引当日までに右各登記を抹消せず、その後、同年六月一七日にこれを抹消したものの、同年七月一一日には、本件土地に同目録三記載の根抵当権設定登記(以下「三の登記」という)を経由してしまった。

6  原告は被告清藤に対し、本件取引当日、被告松本の事務所において、本件取引の立ち合いと本件土地、建物の所有権移転登記等の手続きの代理を有償で委任した(以下「本件委任契約」という)。

7  しかるに、被告清藤は、本件取引に立ち会いながら、3、4項の通り、一、二の登記が未だ抹消されていないにかかわらず、原告が被告松本に対して残代金全額を支払うのを漫然と放置し、さらに同年六月一○日ころ、被告松本の求めに応じて、同被告に対し、本件取引日に原告より預かった本件土地所有権の登記済証(以下「本件権利証」という)を交付したため、5項の通り、同年七月一一日、三の登記が経由されてしまった。

8(被告らの責任)

(1) 被告松本は原告に対し、本件売買契約により、本件土地、建物についてなんらの負担のない所有権を取得させるべき義務を負っていながら、一、二の登記を抹消したものの、本件土地の所有名義が原告に移転していないのを奇貨として、あらたに三の登記を経由した。これは、本件売買契約に基づく債務の不履行というべきであるから、同被告は原告に対し、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。仮にそうでないとしても、同被告の行為は、横領罪ないし背任罪を構成するものであるから、不法行為として、損害を賠償する責任がある。

(2) 被告清藤は、司法書士として、原告から報酬を得て、本件取引の立ち合いと本件土地、建物の所有権移転登記等の手続きの代理を受任しており、取引当事者に対し、右各不動産の登記簿上の権利関係を報告し、その権利関係のもとで取引をした場合の危険性について助言すべき義務と速やかに右移転登記等の手続きを代理申請すべき義務とを負っていた。ところが、被告清藤は、右義務に違反し、7項の通り、一、二の登記が抹消されていないままで残代金全額を支払う危険性について、原告に対しなんらの助言をしなかったし、右登記手続きについても、漫然日時を徒過し、さらには本件権利証を被告松本に交付したばかりか、その後、一、二の登記が抹消されてからも、原告に対して本件土地の所有権移転登記手続きをなすに必要な措置をとらなかった。これは、本件委任契約上の善管注意義務に違反するものであるから、被告清藤もまた原告に対し、後記損害を賠償する責任がある。

9(損害)

前記の通り、被告らの債務不履行ないし不法行為により、本件土地には三の登記による根抵当権が設定されたが、右根抵当権の被担保債権は、元金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一二日から完済まで年14.6パーセントの割合による遅延損害金であるところ、昭和六三年三月三〇日までの遅延損害金は、金三五一万六八○○円となり、元利合計金一七五一万六八○○円である。したがって、本件土地は、右根抵当権の極度額である金一七〇〇万円の負担を被っているが、原告が右根抵当権の実行を阻止するには、同額を根抵当権者たる六甲信用組合に支払わねばならない。右の通りであるから、原告は金一七〇〇万円の損害を被った。

よって、原告は被告らに対し、本件売買契約ないし本件委任契約の債務不履行(被告松本に対しては、予備的に不法行為)による損害賠償として、各自金一七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告松本については昭和六二年二月一四日、被告清藤については昭和六一年一二月九日)から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告清藤の請求の原因に対する認否と主張

1、5項は認める。2、3、4項は不知。6項のうち、被告清藤が原告から本件土地、建物の所有権移転登記等の手続きの代理を受任したことは認めるが、その余は否認。7項のうち、昭和六一年六月一〇日ころ、被告清藤が被告松本の求めに応じて、同被告に対し、本件取引日に原告より預かった本件土地権利証を交付したことは認めるが、その余は争う。8項(2)、9項は争う。

(被告清藤の主張)

1 本件は、原告が、本件土地に未だ一、二の登記がなされたままであるのに、その抹消が可能かどうか充分調査もせず(残債務額がどの程度あるかの調査すらしていない)、残代金全額を支払ってしまったことに事件の原因があり、被告松本を信頼した原告の落度というべきである。被告松本に本件売買契約の債務不履行があることは明白であるが、その損害賠償を被告清藤に求めるのは全くの筋違いである。

2  司法書士の業務は、司法書士法二条に定められた通りであり、かつ弁護士法七二条により法律事務を取り扱うことはできない。本件においても、被告清藤は、単に所有権移転登記手続きの代理を依頼されたもので、原告と被告松本との間の本件売買契約には全く関与しておらず、それがどのような内容であるかも一切知らなかった。被告清藤は、確かに本件取引に立ち合ったが、その趣旨は、あくまで登記の手続きに関する諸条件(人定質問、不動産の特定、既登記及び新たに申請すべき登記の権利関係の確認、登記申請意思の確認・了解等)の審査であり、契約内容に関する審査は全く含まれていない。ところで、本件取引当日、被告清藤は原告及び被告松本に対し、本件土地に一、二の登記がなされていることを告げ、かつ現状では完全な形での所有権移転登記はできない旨説明した。そこで、右所有権移転登記手続きは、右一、二の登記の抹消登記がなされてから行なうこととなり、右抹消書類は被告松本が被告清藤に届けることとなった。しかし、被告松本は、右抹消登記を行なうことができなかったため、被告清藤も所有権移転登記手続きを行なうことができなかったのである。

3  一、二の登記の抵当権等については、その抹消登記がなされた昭和六一年六月当時、六甲信用組合に対し金九〇〇万円、阪神相互銀行に対し金五〇〇万円、合計金一四〇〇万円の被担保債権が残っていた。しかし、被告松本には到底右金額を弁済する資力がなかった。そのため、被告松本は六甲信用組合に対し、同月一一日、本件権利証を交付していつでも根抵当権の設定ができるようにした上で、同信用組合より金一四〇〇万円の新規融資を受け、これを弁済に充てて一、二の登記を抹消したのである。したがって、三の登記の根抵当権は、一、二の登記の抵当権等の単なる付け替えであるから、右三の登記がなされたからといって、原告になんらの損害が生じたわけではない。

また、一、二の登記の抵当権等が実行された場合、本件建物には法定地上権が成立しないが、三の登記の根抵当権であればこれが成立するのであるから、原告は、右抵当権等の付け替えがなされたことにより有利になったのであり、損害発生などありえないし、仮に損害があるとしても、その額の算定には右法定地上権成立による担保価値の下落が考慮されねばならない。

三  被告清藤の抗弁

原告は、一、二の登記は本件取引後二、三日で抹消するとの被告松本の言を信用して本件土地、建物の残代金全額を支払った。前記の主張1で述べた通り、本件の根本原因はその点にあり、これは原告の落度というべきであるから、大幅に過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1は、原告と被告清藤との間では争いがなく、原告と被告松本との間では〈証拠〉により認められる。同2、3は、〈証拠〉により認められる。

二請求原因4ないし7について判断するに、〈証拠〉によれば、本件取引当日から本件土地について原告に所有権移転登記がなされるまでの経緯に関し、次の事実を認めることができる。

1  前記認定の請求原因2、3の通り、原告と被告松本との間で本件売買契約が締結され、手付金二三〇万円が支払われたが、その後の話し合いにより、昭和六一年四月二六日、被告松本の事務所において残代金の支払をすることが決められた。ところで、原告は、被告松本から、かねてより本件土地に一、二の登記の抵当権等が設定されていることを聞いており、本件売買契約においても、残代金完済時にその抹消登記に必要な書類を原告に交付することが約されていたが、右取引日が四月二六日と決定される一週間ほど前、原告は、被告松本から、右登記の抹消は取引日の二、三日後になるとの連絡を受け、その旨了解して本件取引に臨んだ。

2  右四月二六日、被告松本の事務所には、原告、被告松本及び同被告から連絡を受けた被告清藤が集まり、原告から被告松本に対し、現金三〇〇万円くらいと残額についての小切手二通が受け渡され、本件売買契約の残代金二〇二〇万円全額の支払を終えた。なお、被告清藤は、右受け渡しの際、原告及び被告松本と同室内至近の距離に居合わせたものの、残代金全額が支払われたことには気付いていない。一方、登記関係については、被告清藤は、原告、被告松本から、本件土地の原告への所有権移転登記と本件建物の原告名義での所有権保存登記、一、二の登記の抹消登記の各手続きの代理を委任されたが、右移転登記に必要な本件権利証等は被告松本から受け取ったものの、前記の通り、右抹消登記に要する書類は二、三日遅れるとのことであり、原告に対し、右抹消登記用書類が被告松本から届けられた後に所有権移転登記手続きをする旨説明してその了解を得た。

3  ところが、被告松本は、原告から再三の督促を受けながら、右抹消登記用書類をを被告清藤のもとに届けず、徒に時日が経過したが(本件建物の所有権保存登記は同年五月二八日になされている)、その理由は、一の登記の抵当権については、同年三月末現在金一八○○万円、二の登記の根抵当権については、同日現在金五〇〇万円、合計金二三〇〇万円の未払被担保債権があり、うち金九〇〇万円は、同年五月末に被告松本外から弁済がなされたが、残金一四〇〇万円は未払のまま残っていたからである。そこで、被告松本は、同年六月一〇日ころ、原告のための住宅ローン設定に必要であるとの虚言を弄して被告清藤から本件権利証を取り戻し、同月一一日、これを六甲信用組合に交付していつでも根抵当権の設定ができるようにした上で、同信用組合から金一四〇〇万円を借り受けて右未払被担保債権の支払に充てた。そのため、同月一七日に至り、ようやく自ら右一、二の登記の抹消登記をすることができたので、同月二〇日、右抹消登記後の本件土地登記簿を原告に交付した。なお、被告清藤は、被告松本に対して本件権利証を返還するについて、原告の承諾を得ていない。

4  その後、原告は被告清藤に対し、本件土地の所有権移転登記手続きをするよう迫ったが、手元に本件権利証がない被告清藤としては右手続きができないでいるうちに、同年七月始め、被告松本の倒産が噂され、これを聞き付けた六甲信用組合において、同月一一日、三の登記を経由した。そして、その後間もなく右倒産の噂を聞き付けた被告清藤から同信用組合に問い合わせがなされ、事態の真相を知った同被告においても、同信用組合から本件権利証を入手した上、同月一五日、右所有権移転登記を経由した。

5  なお、原告から被告清藤に対しては、登記手続きの報酬として金六万六四〇〇円、立会料として金八○○○円が支払われている。

以上の通りに認められるところ、右2のうち被告清藤が残代金全額の支払がなされたことに気付かなかったとの部分については、原告本人尋問の結果中にこれと相反する部分があるけれども、被告清藤(一、二回)本人尋問の結果によれば、同被告としては、本件土地、建物については、後日、住宅ローンを設定する際に代金の支払がなされるものと理解していた節があり、そうだとすれば、同被告がその支払に気付かなかったとしても、あながち不自然というわけではなく、右原告本人尋問の結果を斟酌しても、未だ同被告がこれに気付いていたとまでは断定し難い。そして、他に右1ないし5の認定を覆すに足りる証拠はない。

三前記認定事実に基づいて請求原因8、9の被告らの責任とこれによる原告の損害について検討するに、先ず、被告松本に関しては、本件売買契約の趣旨、代金額及びその全額が支払われていることに鑑みると、同被告の前記3の行為が債務不履行となることは明白であり、被告松本が原告に対し、本件土地、建物についてなんらの負担のない円満な所有権を取得させるべき義務を負いながら、結局のところ三の登記の根抵当権を負担させたのであるから、これにより原告が被った損害は、右三の登記を抹消するために必要な弁済資金、すなわち、右根抵当権の極度額を限度とする被担保債権額ということになる。そして〈証拠〉によれば、六甲信用組合の被告松本に対する債権額は、昭和六三年二月一日現在、元利合計金一七一九万二〇〇〇円であることが認められるから、右被担保債権額は、右根抵当権の極度額金一七〇〇万円である。

そうすると、被告松本は原告に対し、本件売買契約の債務不履行による損害賠償として、右金一七〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年二月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四次に、被告清藤に関して、原告主張の登記手続きにおいては、先ず、本件土地の所有権移転登記手続きを直ちになすべきであるのに、これを怠り、漫然日時を徒過したとの点は、前記2で認定した通り、被告松本から一、二の登記の抹消登記用書類が届けられた後に右移転登記手続きをするということで原告の了解を得ているのであるから、これが債務不履行となるいわれはない。次に、原告の承諾がないのに、被告清藤が被告松本の求めに応じて本件権利証を同被告に返還した点は、先例に照らして明らかに債務不履行というべきであるが、前記3で認定した通りの事実によれば、右不履行がなく三の登記が経由されなかったとしても、一、二の登記が残る関係にあり、遅延損害金の発生を含めてほぼ同額の被担保債権も生じるはずであるから、被告清藤が主張する通り、右不履行によって原告に損害が生じたとは認められない(付言するに、被告松本の関係で三の登記による損害を認めたのは、同被告が一、二の登記の抵当権等の負担を解消すべき義務を負いながら、三の登記の根抵当権を設定することにより、実質的には一、二の登記の抵当権等の負担を解消していないとみられるからであり、この点において、被告清藤のこの債務不履行と異なる)。また、被告松本において一、二の登記を抹消した後の措置の点についても、被告清藤が被告松本に対して本件権利証を返還し、さらに同被告からこれが六甲信用組合に交付された昭和六一年六月一一日の時点において、同信用組合が三の登記を経由したと同視すべき状態にあると判断されるから、その後の被告清藤の措置に仮に不手際があったとしても、そのことによって原告が三の登記の根抵当権の負担を被るに至ったとは考えられず、右の不履行と損害との因果関係を認めることはできない。

以上の通りで、被告清藤の登記手続きに関する原告の主張は全て失当というべきであるが、本件取引に立ち会った司法書士として、原告に対し、一、二の登記が抹消されていないままで残代金全額を支払う危険性につきなんらの助言をしなかったことが債務不履行となるとの主張については、次に述べる理由により、正当と認める。

すなわち、売買当事者間において、その代金支払と所有権移転登記手続き等の取引が司法書士立ち会いのもとになされることは、広く一般に行われているところである(公知の事実である)が、その理由は、司法書士が、単に登記手続きの専門家であるからというに止まらず、社会的に信用のおける人物であり、かつ一般の法的関係にも明るい準法律家として、右「取引」自体の円滑、適正に資するべくその役割が期待されているからにほかならない。そうだとすれば、右取引に立ち会った司法書士としては、「登記の手続きに関する諸条件」を形式的に審査するだけではなく、重要な事項に関しては、進んで右登記手続きに関連する限度で実体関係に立ち入り、当事者に対し、その当時の権利関係における法律上、取引上の常識を説明、助言することにより、当事者の登記意思を実質的に確認する義務を負うことは当然の道理というべきである(右のように解することが司法書士法、弁護士法に反するとは思われず、かえって司法書士法一条所定の目的にかなうであろう)。しかして、前記2、5の通り、被告清藤は、原告から報酬を得て本件取引に立ち会ったのであるから、右認定の権利関係、状況においては、原告に対し、売買代金額やその支払期日、支払条件等を聞き質し、かつ抵当権等の登記が抹消されないまま代金全額を支払う危険性についても説明、助言した上で原告の登記意思を確認する義務があったにもかかわらず、右2の事実およびこれに関する証拠判断で述べた通り、本件売買契約の代金は後日支払われるものと即断し、原告に対し、右代金に関する事項についてなんらの質問をしないまま、原告が残代金全額を支払うのを漫然見過ごしたのであって、これは、原告から受任した右取引の立ち会いに関し、善管注意義務に違反した債務不履行というべきである。

したがって、被告清藤は原告に対し、右不履行により原告が被った損害を賠償する責任があるところ、右不履行がなかったとすれば、原告において、一、二の登記の抹消と引き換えでなければ残代金を支払わなかったであろうこと、ところが、これを全額支払ったために、被告松本の関係で認定した通り、原告は、最終的に三の登記を抹消するために金一七〇〇万円の弁済資金を要することになったと認められるので、同額が原告の損害ということになる。なお、被告清藤は法定地上権の成立を云々するけれども、もともと三の登記の根抵当権を負担するいわれのない原告については、その抹消登記に要する費用を損害とみるべきであって、これが実行された後に成立する法定地上権と原告の右損害との間にはなんらの関係もない。

五そこで、抗弁について判断するに、前記認定事実によれば、原告は、被告松本から、一、二の登記の抹消が二、三日にしろ取引日から遅れることの連絡を受け、その旨了解して本件取引に臨んだこと、そして、その通りに右登記が抹消されていないのに残代金全額を支払ったことが認められ、この点については、被告松本を信頼するにつき、原告自身あまりに軽率であったことは否めない。加えて、本件取引に立ち会った被告清藤の司法書士としての義務も、先に述べたところから明らかな通り、あくまで売買当事者間の取引に関して後見的役割を果たすべきに止まり、右当事者の取引上の自己責任を免除するものでは決してないことに鑑みると、被告清藤の主張する通り、同被告との関係においては、原告の損害につき過失相殺すべきであると考えるが、その割合については、原告の取引当事者としての自己責任及び取引立会人の義務の後見性と司法書士の準法律家的性格等を考慮し、原告の損害額から五割を控除するのを相当と認める。

したがって、被告清藤は原告に対し、前記損害金一七〇〇万円の五割である金八五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年一二月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六よって、原告の本訴請求は、被告松本に対しては正当であるから全て認容し、被告清藤に対しては金八五〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官近下秀明)

別紙物件目録

一 尼崎市田能字伊丹川田二六三番七宅地  52.05平方メートル

二 尼崎市田能字伊丹川田二六三番七

家屋番号  二六三番七

木造瓦葺二階建居宅

床面積

一階 35.98平方メートル

二階 33.58平方メートル

別紙登記目録

一 神戸地方法務局尼崎支局昭和六〇年一月二五日受付第一九二一号抵当権設定登記

原因  昭和六〇年一月二五日金銭消費貸借同日設定

債権額  金九〇〇〇万円

利息  年8.7パーセント

損害金  年13.0パーセント 年三六五日日割計算

債務者  尼崎御園町三四番地 大安地所株式会社

抵当権者  東京都中央区京橋一丁目九番一号 全国信用協同組合連合会 取扱店 六甲信用組合

二 同法務局同支局昭和六〇年二月六日受付第三一三八号根抵当権設定登記

原因  昭和六〇年二月五日設定

極度額  金一億一一八○万円

債権の範囲  相互銀行取引 手形債権 小切手債権

債務者  尼崎市昭和通一丁目一番地権鍾鎬

根抵当権者  神戸市中央区三宮町二丁目一番一号 株式会社阪神相互銀行取扱店 尼崎支店

三 同法務局同支局昭和六一年七月一一日受付第二二七九九号根抵当権設定登記

原因  昭和六一年六月一一日設定

極度額  金一七〇〇万円

債権の範囲  信用組合取引 手形債権 小切手債権

債務者  尼崎市小中島一丁目二四番一五―一一三号 松本敏夫

根抵当権者  神戸市灘区日尾町三丁目二番五号 六甲信用組合

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